礼拝メッセージ

聖霊降臨節第9主日  「天の国の宴会」

マタイ8:5-13、ロマ11:25-29、出エジプト24:3-11
讃美歌 527

「はっきり言っておく。イスラエルの中にさえ、わたしはこれほどの信仰を見たことがない。言っておくが、いつか、東や西から大勢の人が来て、天の国でアブラハム、イサク、ヤコブと共に宴会の席に着く。だが、御国の子らは、外の暗闇に追い出される。そこで泣きわめいて歯ぎしりするだろう。」(8:10−12)

Ⅰ.始まった世界の完成
 天上の調べを奏でるような〈山上の説教〉を語り終えられると、主イエスは大勢の群衆を従えて山を降りられる。そこで主イエスが最初に出会ったのは、「重い皮膚病(らい病)」(8:2)を患っている人であった。より事柄に即して言えば、主イエスが山を降りて最初に足を踏み入れたのは、人々が生きる日常の場ではなく、らい病人の住処であった。この主イエスの行動は、主イエスが山上で語られた言葉の受肉である! 私たちはここで、主イエスの言葉が行動(にく)となるのを見るのである。

 古代ユダヤ社会において、「病気なおし」と救済が、その最頂点で出会うのは狂気と癩においてである。彼らは人々が生活する日常の場から隔離された不可触禁忌地帯に、生きながらにして捨てられたのである。それがユダヤの掟であった。狂気も癩も、神の怒りによる懲罰とみなされていたのである。そうしたユダヤ社会にあって、いかにして主イエスは禁忌を犯し、決して足を踏み入れてはならない地帯に侵入することができたのか。いかにして主イエスは、ユダヤ社会をがんじがらめにしばりつけ、ラビ達をひとり残らず汚染しつくしていた病気のメタファ、すなわち抑圧と差別の原理にむかって、果敢に戦いを挑むことができたのか。いかにして主イエスは、「汚れた者」や「悪霊に憑かれた者」に背負わされた負の価値を一挙に逆転し、「わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである」(9:13b)と宣言することができたのか。
主イエスが彼らの生きる領域に足を踏み入れたことにより、生きながらにして捨てられていた人が全く新しい生を生き始めたのである。今や、前途の希望もなく打ちひしがれている人々に助けの手が伸べられ、死人に等しかった人々に新しい生命が与えられるのである。生命の水が流れ、呪われた時は終わり、楽園の門が開かれたのである。マタイはらい病人の癒しで、世界の完成が今すでに始まったことを描いたのである。なんと美しい世界! この後に続くローマの百人隊長の僕の癒しはそれをより端的に描いている。

 ところで共観福音書によれば、主イエスはその活動をイスラエルに限定された。例えばマタイは主イエスの誕生を、「この子は自分の民を罪から救う」(1:21)とした。同じことは十二弟子の派遣においても語られる。イエスは、「異邦人の道に行くな。またサマリア人の町にはいるな。むしろ、イスラエルの家の失われた羊のところに行きなさい」(10:5−6)と言われる。ちなみに、主イエスが異邦人を助けた話は三つしか伝わっていない。きょう、私たちに開かれたローマの百人隊長の僕の癒し(並行ルカ7:1−10)と、カナンの女の娘の癒し(15:21−28、並行マルコ7:24−30)、そこでは主イエスは当初、「わたしは、イスラエルの家の失われた羊のところにしか遣わされていない」と言って、母親の願いを拒否する。そして残る一つが、墓に住む悪霊に取り憑かれた二人のガダラ人の癒し(8:28以下、並行マルコ5:1以下、ルカ8:26以下)である。
このように異邦人の救いに対する主イエスの消極的な態度の一方で、主イエスは神が異邦人に報復するという期待(イザヤ61:2b)をきっぱり拒む(ルカ4:16以下、マタイ11:5以下)。そして来るべき神の国には、異邦人もそのうちに含まれると繰り返し宣言した。印象的なのは、ろばの子に乗ってエルサレムに入城して行う宮きよめである。それを主イエスは、「すべての民の祈りの家」であると説明された(マルコ11:17)。

Ⅱ.真の平和
 一方では、自分および弟子たちの活動をイスラエルに限定しながら、他方では、異邦人も神の国に与ると繰り返し述べる主イエスの矛盾をどう説明したらよいのか。この解決は、きょう、私たちに開かれたマタイ8:11以下の喩えが与えている。僕の癒しを求める百人隊長に主イエスは、「わたしが行って、いやしてあげよう」と言われると、百人隊長は、「わたしはあなたを自分の屋根の下にお迎えできるような者ではありません。ただ、ひと言おっしゃってください」と言う。これは、自分のひと言で部下がその通り行うという経験から来た言葉である。これを聞くと主イエスは感心して、「イスラエルの中でさえ、これほどの信仰を見たことがない」と言って、東と西から名もない人々が続々とやって来て、アブラハム、イサク、ヤコブと共に宴会の席に着く一方、御国の子らは外の暗闇に放り出され、そこで泣きわめき歯軋りをするという譬えを語られたのである。
「いつか」世界が完成する日に、異邦人たちが世界中から集まって来る! これは旧約聖書の中に受け継がれてきたことである(イザヤ2:2−4並行ミカ4:1−3)。
  _終わりの日に、
  主の神殿の山は、山々の頭として堅く立ち、
  どの峰よりも高くそびえる。
  国々はこぞって大河のようにそこに向かう。_
                (イザヤ2:2)。
そしてイザヤはこの終わりの日の完成を次のように描いた。
  _万軍の主はこの山で祝宴を開き、
  すべての民に良い肉と古い酒を供される。
  主はこの山ですべての民の顔を包んでいた布と
  すべての国を覆っていた布を滅ぼし
  死を永久に滅ぼしてくださる!_(25:6−9)。

 これが、主イエスが、東と西から人々が続々とやって来て、アブラハム、イサク、ヤコブと共にあずかる祝宴の喩えで描いた内容である。聖書の世界では、この祝宴は、神と共にあり、また神の御前で人々が一致していることを示す非常に古くから使われている表現である。それを端的に描いたのが出エジプト記24章「契約の締結」の記事である。モーセが山を降りて、主のすべての言葉とすべての法を民に読み聞かせると、民はそれを守り、行いますと誓う。そして契約が成立した徴として、祭壇と民に雄牛の血が注がれる。その後、イスラエルの民の代表者たちがシナイ山に登り、神の臨在のもとで食事をするのである。
 語り手はそれを次のように描く。「モーセはアロン、ナダブ、アビフおよびイスラエルの七十人の長老と一緒に登って行った。彼らがイスラエルの神を見ると、その御足の下にはサファイアの敷石のような物があり、それはまさに大空のように澄んでいた。神はイスラエルの民の代表者たちに向かって手を伸ばされなかったので、彼らは神を見て、食べ、また飲んだ」(出エジプト24:9−11)。そしてイザヤは、イスラエルがヤハウェの民となり、ヤハウェがイスラエルの神となる契約の成立を記念するこの祝宴はすべての民に供されると語ったのである。「万軍の主はこの山で祝宴を開き、すべての民に良い肉と古い酒を供される」と。つまり、この祝宴は、すべての民が神の民であることの徴、言い換えれば、アブラハムを「すべての民の祝福の源」として選ばれた神の歴史計画が完成したことのシンボルなのである。

Ⅲ.もはや復讐はない!
 ちなみに、イザヤがすべての民が連なる祝宴を語ったとき、北王国イスラエルはアッシリアによって滅ぼされ、「民は飢えて憤り、顔を天に向けて王と神を呪う」壮絶な苦しみを味わっていた。イザヤはどこにも逃れるすべのない暗黒の中で、すべての民が共に神の祝宴に与る平和を語ったのである。同じ調べを私たちは詩編23編から聞く。詩人は、「死の谷の陰を歩むとも禍いを恐れじ。汝、わが仇のまえに宴をもうけ、わが酒杯は溢るるなり」と歌う。このように歌わせる神とは、いったい、何者か。この祝宴こそ、戦いに明け暮れる人間が求めてやまない真の平和である。
 イザヤは、民族の崩壊という絶望の中で、神がすべての民に供される祝宴に民族回復の希望を見たのである。その希望は「神を見て、食べ、また飲む」犠牲祭儀によって継承されたのである。神の民は犠牲祭儀を祝うたびにこの希望を新たに心に刻んだのである。マタイがローマの百人隊長の僕の癒しで描いたのがこの希望である。「言っておくが、いつか、東や西から大勢の人が来て、天の国でアブラハム、イサク、ヤコブと共に宴会の席に着く!」ここにイザヤが見た、「万軍の主はこの山で祝宴を開き、すべての民に良い肉と古い酒を供される」が成就したのである。

 ところで、歴史の終わりに、異邦人の時が到来するというこの表象には深い意味がある。神が75歳のアブラハムを「すべての民の祝福の源」として召し出されたのは、神のようになろうとして禁断の木の実を取って食べた人間の罪ゆえに、何も生み出し得ない死の世界(創世記11:27−32)を、命溢れる祝福された世界に再創造するためであった。言い換えれば、異邦人の時が来る前に、まず第一に、イスラエルに救いが提供されなければならないのである。それを象徴しているのが、マタイが主イエスの誕生物語で描いた、「この子は自分の民を罪から救う」である。主イエスは「自分の民を罪から救う」ために、血を流さねばならないのである。マタイは、主イエスが十字架で血を流したことで世界が完成したことを、「墓が開いて、眠りについていた多くの聖なる者たちの体が生き返った」(27:52)で言い表した。だれでもキリストにあるならば、その人は新しく造られたものである。古いものは過ぎ去った、見よ、すべてが新しくなったのである!(Ⅱコリント5:17)。

 パウロはこの新世界を次のように言い表した。「救う方がシオンから来て、ヤコブから不信心を遠ざける。これこそ、わたしが、彼らの罪を取り除くときに、彼らと結ぶわたしの契約である。」(11:26−27)。これはイザヤ書59章20節から取られた言葉である。そこには次のように語られている。「主は贖う者として、シオンに来られる。ヤコブのうちの罪を悔いる者のもとに来る」(20)と。イザヤが「ヤコブのうちの罪を悔いる者のもとに」贖い主が来ると語った言葉を、パウロは、「ヤコブから不信心を遠ざける」ために、すなわち「彼らの罪を取り除く」ために贖い主は来ると語り直したのである。イザヤはヤコブ・イスラエルが罪を悔いて神に立ち返る可能性をなお見ていた。しかしパウロは、イスラエルが罪を悔いて神に立ち返る可能性はないという。そのイスラエルを罪から救うためにイエスはマリアから生まれ、十字架で死んだ。それが不従順なイスラエルと結ぶ〈新しい契約〉なのである。

 かつてシナイで契約が結ばれたとき、和解の献げ物として雄牛の血が流された。ここでは神の独り子、イエス・キリストの血が流されたのである。ゆえに、十字架のキリストを記念する主の晩餐は、かつてイスラエルの民が、「神を見て、食べ、また飲んだ」会食を遥かに凌駕する。そこでは、「神はイスラエルの民の代表者たちに手を伸ばされなかったので」、彼らは「神を見て、食べ、また飲んだ。」言い換えれば、神が手を伸ばされたら、彼らは皆、死んでいたのである。聖書の最も古い伝承は、神を見た者は死ぬ、と語っていた。だからイザヤは、高く天の御座に座す神を見た(6:1)とき、「災いだ。わたしは滅ぼされる」(6:5)と叫んだのである。神と語ったモーセも、神の顔を見ることは許されなかった。「あなたはわたしの顔を見ることはできない。人はわたしを見て、なお生きていることはできない」(出エジプト33:20)。そして神はモーセに「わたしの後ろを見る」(33:23)と言われる。つまり、イスラエルの民の代表者たちが、「神を見た」とは、「神の後を見た」ということではなかったのか。「神の後ろ」を見るとは、「主、主、憐れみ深く恵みに富む神、忍耐強く、慈しみとまことに満ち、幾千代にも及ぶ慈しみを守り、罪と背きと過ちを赦す」(34:6−7)ということである。神がイスラエルの民の代表者たちに「手を伸ばされなかった」のは、この慈しみのゆえなのである。

 私たちはこの神の慈しみの最頂点を十字架のキリストに見たのである。十字架のキリストによる罪の赦し、それがどれほどの慈しみであるかを象徴的に描いたのが、「御国の子らは、外の暗闇に追い出される。そこで泣きわめいて歯ぎしりする」である。パウロは主イエスのこのまことに激烈な言葉を次のように解釈した。「福音について言えば、イスラエル人は、……神に敵対していますが、神の選びについて言えば、先祖たちのお陰で神に愛されています。神の賜物と招きとは取り消されないものなのです」(ロマ11:28−29)。主イエスは東から西から異邦人が来て、天の国の宴会に着く様子を、「アブラハム、イサク、ヤコブと共に」と語たれた。そう語ることで、福音について言えば神の敵である御国の子らに対する、決して取り消されない「神の賜物と招き」を言い表したのである。福音について言えば神の敵、イスラエルが「すべての民の祝福の源」にならなければ、異邦人に救いはないのである。神の御子イエス・キリストは、イスラエルを万民の祝福の源とするために、すなわち、「ヤコブから不信心を遠ざけ、彼らの罪を取り除く」ために十字架に上げられたのである。

 今、私たちが現に生きている世界は、カインの末裔レメクが77倍の復讐を誓った報復の連鎖の世界である。その世界に神は御子イエス・キリストの十字架を建てたのである! もはや復讐はない!と。キリストにある〈新しい人〉として生きよ!と。キリスト者は、この世で〈主の平和〉を生きるために聖なる神の臨在の前で、キリストの肉を食べ、血を飲む〈新しい人〉である。

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