2026/1/18 降誕節第4主日「神の国」

マルコ1:14-20、ヘブライ13:10-15、創世記12:1-4a
讃美歌 228

ヨハネが捕えられた後、イエスはガリラヤへ行き、神の福音を宣べ伝えて、「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」と言われた。(1:14−15)

Ⅰ.ユートピア

ユートピアという言葉があります。ギリシア語で「ユー」は「ウー」、つまり否定を表す言葉、「トピア」は「トポス」、つまり「場所」のことで、英語に訳すとnowhere、「どこにも存在しない場所」という意味になります。人生の困難や内面の葛藤を描いたヘルマン・ヘッセの詩の一節に、人生という灼熱の砂漠をさまよい、自分という重荷の重圧に呻きながら、それでもわたしは、どこかに忘れられない花咲く日陰の庭を、魂のやすらぎの場を知っている、と歌ったものがあります。ヘッセにかぎらず、人はどうにもやり切れない、逃げ出したくなるような場面に追い詰められると、夢か幻にしかあり得ない場所を空想するものらしい。それにユートピアという名を与えたのが古代ギリシア人です。主イエスが語った「神の国」はユートピアなのか。パウロの言葉、「この世を去ってキリストと共にいたいと熱望しており、その方がはるかに望ましい」(フィリピ1:23)を心に刻み、御言葉に聞きたいと思います。
フランス系ユダヤ人シモーヌ・ヴェイユは、ナチス・ドイツの迫害を逃れ、アメリカに亡命中、こんな言葉を書き残しています。「不幸な人々に対して、神の御国について語らないこと。その人たちに取って、神の御国なんて、あまりに縁遠いものであるから。」ヴェイユにとって神の国は虚妄の希望、ユートピアなのか。彼女はこの言葉に続けて、「ただ、十字架についてだけ語ること。神が苦しんだのだ」と綴る。
ヴェイユのこの言葉を反芻していた時、グリューネヴァルトが描いた「イーゼンハイム祭壇画」が目に浮かびました。グリューネヴァルトの最高傑作と言われるこの作品には、全身腫瘍に覆われた十字架上のキリストが描かれる。十字架上のキリストの体を病魔で覆い尽くすこの作品は、ヨーロッパ美術史上異例のことであったと解説される。この絵の前で病に苦しむ患者たちは、キリストが彼らの苦痛を理解し、共有していることを目の当たりにして慰めを得たと言う。仏教は生老病死、人生は苦であるとして、苦しみからの解脱を説く、しかしキリスト教は苦しみからの解放が根本義ではない。確かに神はエジプトで苦しむイスラエルの民を解放し、乳と蜜の流れる約束の地に導き入れた。だから主の弟子たちは、業にも言葉にも力ある預言者イエスにローマからの解放の望みをかけた(ルカ24:19)。そのイエスが十字架で殺されたことで望みは尽きたとして弟子たちは元の生活に戻ってゆくのである。その弟子たちに復活の主が現れ、「メシアはこういう苦しみを受けて、栄光に入るはずだったのではないか」(ルカ24:26)と語りかけたのである。イエスが宣べ伝えた「神の国」とは一体、どのような世界なのか。
きょう、私たちに開かれた〈生ける神の言葉〉は、「神の国は近づいた」と語る。しかもマルコはこの福音を宣べ伝えるためにイエスは「ガリラヤへ行った」と記す。なぜイエスは、ガリラヤで福音宣教を開始されたのか? この問いに答えたのがマタイである。マタイはイエスがガリラヤ宣教に預言者イザヤの預言の成就を見たのである。

「ゼブルンの地とナフタリの地、
海沿いの道、ヨルダン川のかなたの地、
異邦人のガリラヤ、
暗闇に住む民は大きな光を見、
死の陰の地に住む者に光が差し込んだ。」
(マタイ4:14−16)。

この預言は北王国イスラエルがアッシリアによって滅ぼされた国家的危機の中で語られた。それはどこにも逃れるすべのない暗黒の時代であった。ガリラヤはその暗黒を象徴したのである。その地でイエスは神の国は近づいた、と語られたのである。「異邦人のガリラヤ、暗闇に住む民は大きな光を見、死の陰の地に住む者に光が差し込んだ」のである!

Ⅱ.神の王的支配

イエスが生きた1世紀のパレスチナを「煮え立つ釜」と形容した人がいる。特にガリラヤは革命家と黙示的思想家に溢れていた、と。苦しみからの解放を求める人々、煮え立つ釜の真っ只中でイエスは、「時は満ちた。神の国は近づいた、悔い改めて福音を信ぜよ」と語られたのです。いったい、主イエスが「近づいた」と語る「神の国」とは何か。
マルコはこの直前、荒れ野の誘惑で、イエスは「野獣と一緒におられた」と語る。これはパラダイスの光景であり、それに最も美しい表現を与えたのがイザヤ書11章、狼が小羊と共に宿り、豹が子山羊と共に伏し、牛も熊も共に草を食い、少年がそれを導き、乳飲み子は毒蛇の穴で戯れるという光景である。そこではもはや「何ものも害を加えず、滅ぼすことはない。」イザヤが描いたこのシャローム(平和)こそ、イエスが宣べ伝えた「神の国」ではないのか。
ちなみに「国」と訳されたギリシア語「バシレイア」は「王国」、つまり領土的な意味ではなく、「王的支配」のことである。「神の王的支配(バシレイア)」は、古代ユダヤ教の文献には稀にしか現れず、宗教関係以外のものも含めて、イエスと同時代人の人々の表現のうちに全く並行例を見出せない、と言われる。つまり「神の王的支配(国)」という語は、イエスの造語(言語創造)である。イエスが新しい言葉を創造されたこと、しかもそれが「神の国」を対象としていることは偶然ではない。イエスは、いまだかつて誰も見たことのない、他に例のない新しい内容を「神の王的支配」に盛り込んだのである。
その意図は第一に、地上の王たちの支配権と対立すること、ついで天と地のあらゆる支配と対立関係にあることです。「神の王的支配」が地上の王たちの支配権と対立することについては、ヨハネ福音書が12:31で取り上げている。ヨハネはイエスが十字架に上げられることと関連して、「今こそ、この世が裁かれる時。今、この世の支配者が追放される」と記す。第二の、天と地とのあらゆる支配との対立については、マタイが伝える復活者イエスの言葉、「わたしは天と地の一切の権能を授かっている」(28:18)がそれである。これらの言葉から明らかなように、初代教会は十字架のキリストに神の国、神の王的支配を見たのである!
十字架のキリストが神の国、神の王的支配である!それを理解する上で重要なのは、イエスの同時代の人々が「王的支配」をどのように考えていたかを知ることです。旧約の民にとって王的支配の主たる特徴は、地上では決して充足されることのない正義を実現する理想的な王の姿です。正義とは、王が公明正大な判決を下すということではなく、困窮している者、弱い者、貧しい者、寡婦、孤児などに王が与える惜しみない保護のことです。詩編72編の詩人はそれを次のように歌いました。

王が助けを求めて叫ぶ乏しい人を、
助けるものもない貧しい人を救いますように。
弱い人、乏しい人を憐れみ、乏しい人の命を救い、
不法に虐げる者から彼らの命を贖いますように。
王の目に彼らの血が貴いものとされますように。
(72:12−14)

しかし、イスラエルの王国史を見る限り、乏しい人、弱い人、貧しい人を保護した王はひとりもいなかったのです。千年もの長い間、イスラエルの希望、「メシア王」として仰がれたダビデは、部下ウリヤの妻に心ひかれ、ウリヤを激戦地に派遣し戦死させたのです。つまりダビデは十戒を二つ、姦淫と殺人を犯したのです。死刑に値する罪を二つも犯したのです。誰もが慕い求める正義を、最後の帰結まで一貫して考え抜くこと、あるいは実現することは、いかなる政治にもできたためしはないし、いかなる政治にもできることではないのです。

Ⅲ.全地に満ちる主の栄光

さらに重要なのは、神の王的支配は古代ユダヤ教において二通りの形態をとったことです。現在と未来の二つの世(エーオン)が存在するのに応じて、現在において継続する神の支配と、新しい世における未来的な神の支配です。この区別が明確になったのは黙示文学ダニエル書からです。そしてこの区別は、その後の時代において、つまりイエスが生きた後期ユダヤ教において基本的重要性を持ちます。前721年、北王国イスラエルがアッシリアによって滅ぼされて以来、神の民イスラエルは異邦人の支配下で生き続けたのです。イエスが生きた時代、イスラエルを支配していたのはローマでした。異邦人の支配下にあるとは、現在における神の王的支配に希望を見出せないということです。ヴェイユの言葉で言えば、「神の御国なんて、あまりに縁遠いもの」だったのです。
現在という世においてイスラエルは異邦の諸民族に屈従し続けたのです。神の王的支配と異民族によるイスラエルの支配は、相容れない矛盾です。聖書を残した人々はこの矛盾が解消される時が来ると語りました。その一人に捕囚期の歴史家祭司記者がいます。彼は言います、「全地が主の栄光で満たされるであろう」(民数記14:21)と。この人は国家が滅び、神のいます神殿が破壊された零点状況の中で、つまり神にさえ望み得ない絶望の中で、暗闇に住む民は大きな光を見、死の陰の地に住む者に光が差し込むと語ったのです。かくて全世界は神を王として仰ぎかつ認めるに至ると語ったのです。
聖書の民は、礼拝のたびに、全地が神の栄光で満たされること、つまり神の名が聖とされることと、神の王的支配の到来とを祈り続けたのです。私たちが主の晩餐で「主の祈り」を祈り続けているようにです。この「全地が主の栄光で満たされるであろう」との待望はイエスが十字架に上げられた時に実現するのです。イエスが十字架に上げられたとき、太陽は光を失い、全地を暗黒が覆い尽くすほどに、イエスは光輝燦然たる栄光を現されたのです(マルコ15:33)。
キリストの十字架が神の国である!そのことの証人として、イエスは弟子たちを召されたのです(使徒1:21−22)。マルコは、ガリラヤの四人の漁師たちの召命記事を、アブラハムの召命に倣って記します。神はアブラハムを、人間の罪により何も生み出し得ない死の世界、呪われた世界を、命溢れる祝福された世界に再創造するために召されました。主はアブラハムに言われます。

「あなたは生まれ故郷、父の家を離れて、
わたしが示す地に行きなさい。
わたしはあなたを大いなる国民にし、あなたを祝福し、
あなたの名を高める、祝福の源となるように。」
(創世記12:1−2)。

このアブラハムに語られた神の言葉で注目したいのは、「わたしが示す地に行きなさい」という言葉です。神は「地を与える」という言葉ではなく、「地を示す」と語られたのです。時はダビデ・ソロモン時代、千年の後も「栄華を極めた」と言われた時代、この豊かさは神の祝福、約束の地ではない、と言って、「わたしが示す地に行きなさい」と言われたのです。
この御言葉の最も優れた註解を著したのがヘブライ人への手紙の著者です。彼はアブラハムに始まる族長たちについて次のように語ります。「この人たちは皆、信仰を抱いて死にました。約束されたものを手に入れませんでしたが、はるかにそれを見て喜びの声をあげ、……更にまさった故郷、すなわち天の故郷を熱望していたのです」(11:13、16)と。
そしてヘブライ書の著者はこの後13章で、信仰の先達たちが熱望した神の都はキリストの十字架であると語るのです。「わたしたちには一つの祭壇があります。」「一つの祭壇」とは、イエスが「御自分の血で民を聖なる者とするために、門の外で苦難に遭われた」こと、すなわち十字架に上げられたことです。この一つの祭壇において、十字架に上げられたキリストが、いま、ここでのこととして現在化されるのです。それだけではない。キリストの十字架が指向した終末の事柄、つまり神の救い、王的支配がいま、ここでのこととして現在化するのです。言い換えれば、聖晩餐を守る集いこそ、神の王的支配なのです。
マルコはそれを四人の漁師の召命記事で次のように描きます。ガリラヤの四人の漁師は、「わたしが示す地に行きなさい」との「主の言葉に従って旅立った」(12:4)アブラハムのように、「人間を獲る漁師にしよう」とのイエスの言葉に「すぐに従った。」この自らの自由意志で十字架のキリストに聞き従う服従において、神の王的支配(十字架のキリスト)は、どこにおいても可見的なものになるのです。 だからパウロは、「わたしにとって、生きることはキリストであり、死ぬことは利益なのです。……この世を去ってキリストと共にいたいと熱望しており、その方がはるかに望ましい」と言うことができたのです。
このあと私たちは讃美歌228番で繰り返し、「きたらせたまえ、主よ、み国を」と賛美します。それは「いまか、いまか」と待つことではありません。「全地が主の栄光で満たされる」こと、つまりすべての人が聖晩餐にあずかることを祈るのです。そのために主はガリラヤの漁師たちを、すべての民の祝福の源として、世界宣教に遣わすために召されたのです。

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