マルコ16:1-8、フィリピ3:5-11、ヨブ42:1-6
讃美歌 154「さあ、行って、弟子たちとペトロに告げなさい。『あの方は、あなたがたより先にガリラヤへ行かれる。かねて言われたとおり、そこでお目にかかれる』と。」婦人たちは墓を出て逃げ去った、震え上がり、正気を失っていたからである。(16:7−8)
Ⅰ.多様な復活顕現
きょう、復活祭の礼拝で皆さんと共に裁きの座(十字架のキリスト)を見上げ、心を高く上げて聞きたい御言は、マルコ福音書16章1節以下、イエスが葬られた墓で婦人たちが経験した常軌を逸した出来事です。マルコはそれを次のように描きます。「婦人たちは墓を出て逃げ去った。震え上がり、正気を失っていた。そして、だれにも何も言わなかった。恐ろしかったからである」(16:8)。婦人たちは、イエスが生きていると聞いて、喜びに満たされ、神を賛美したのではなく、「震え上がり、正気を失った」というのです。これは、空の墓の断片において最も驚くべき箇所です。
マルコが描いた婦人たちの反応がいかに常軌を逸しているかは、マタイの記事と比較するとよくわかります。マタイは、「女たちは恐れながらも〈大いに喜び〉、急いで墓を立ち去り、弟子たちに知らせるために走って行った」(28:8)と書き換えたのです。マタイはこう修正することで、マルコが描いた婦人たちの常軌を逸した恐れを薄めてしまったのです。婦人たちの恐れを薄めたのはマタイだけではありません。新共同訳がこの後に、「結び一」「結び二」を付け加えているように、マルコの福音書を「正典」に加えた編集者たちも、マタイ、ルカ、ヨハネ、そして使徒言行録から、イエスの復活顕現物語を捕捉することで、この断片の驚くべきことを薄めてしまったのです。聖霊の照明を祈り求めつつ御言葉に聞き、マルコが描いた正気を失うほどの恐れを味わいたいと願います。
まず注目したいのは、ゲッセマネの園からゴルゴダの十字架刑に至る〈イエスの受難物語〉です。それは福音書により多少の表現の違いはありますが共通した伝承が見出せるのに対して、〈イエスの復活顕現物語〉には共通する伝承がないのです。例えば、マタイとマルコは、イエスの復活顕現はガリラヤで起こるとし、ルカとヨハネは、エルサレムで起こるとしています。また、パウロが第一コリント15章で取り上げた古い復活伝承には、婦人たちへの復活顕現は一切触れられていません。パウロはイエスの側近くで福音宣教に携わった人々からこう聞いたのです。「最も大切なこととしてわたしがあなたがたに伝えたのは、わたしも受けたものです。すなわち、キリストが、聖書に書いてあるとおりわたしたちの罪のために死んだこと、葬られたこと、また、聖書に書いてあるとおり三日目に復活したこと、ケファに現れ、その後十二人に現れたことです」と。
ケファ(ペトロ)へのキリスト顕現の後、雪崩のように新しい顕現が続きます。「五百人以上もの兄弟たちに同時に現れた」のです。しかもそのうちの何人かは眠りについたが、大部分は今なお生きていると。次いで、ヤコブに現れ、その後すべての使徒に現れ、そして最後に、月足らずで生まれたようなわたしにも現れたと語ったのです(15:3−8)。最後に挙げたパウロへのキリスト顕現は、栄光に輝くイエスを見るという体験から(Ⅱコリント4:6、使徒9:3、22:6、11、26:13)、キリスト顕現の霊的性格をよく示しており、すべてのキリスト顕現の典型として妥当するのです。
この最古の伝承の特徴を問うならば、復活の出来事の圧倒的な力、その謎と秘密への記憶が保たれている点です。例えば、イエスがパンを裂く時突然目が開かれたこと、あけぼのの光のうちに湖岸に立つイエスの姿、戸を閉め切った屋内に突如イエスが現れたこと、せきを切ったように始まる異言による神賛美、そしてイエスの姿が突然消え失せることなどです。これらの特徴のうちに最古の伝承の形態がのぞいているのです。マルコが描いた正気を失い、墓から逃げ出す婦人たちもその一つです。怖れと焦り、不安と疑惑が、歓喜と帰依の感情とせめぎ合っているのです。
Ⅱ.神を見る塵芥
マルコは、怖れと焦り、不安と疑惑で正気を失い、震え上がり、墓から逃げ去った婦人たちで読者に何を伝えようとしたのか? それとの関連で注目したいのは、イエスが陽の光のように輝いた山上の変貌の記事です(9:2以下)。それは、イエスが弟子たちに、ご自分の苦難と死と復活についてあからさまに語られた「六日の後」の出来事でした。つまり山上の変貌は、神がイエスの受難と死を承認したということです。それを端的に伝えているのが、弟子たちが雲の中から聞いた声、「これはわたしの愛する子」(9:2)です。これはイエスがヨハネから洗礼を受けた時に聞いたものです(1:11)。イエスは、人間の罪のすべてを身に負い、神に裁かれる〈主の僕〉(イザヤ53章)として召されたのです。それが、「人の子は必ず多くの苦しみを受け、殺され、三日の後に復活する」ということであり、山上の変貌は、神が主の僕としてのイエスの使命を承認した出来事なのです。
マルコは、この光り輝くイエスを見た弟子たちを次のように描きます。「弟子たちは非常に恐れていた」(9:6)と。弟子たちは光り輝くイエスを見て、墓から逃げ出した婦人たちのように「非常に恐れた」のです。いったい、マルコは正気を失う恐れで何を描いのでしょうか? それを黙想していた時、嵐の中に現れた神を見たヨブの反応が思い起こされました。ヨブは言います。
「あなたのことを、耳にしておりました。
しかし今、この目であなたを仰ぎ見ます
それゆえ、わたしは塵と灰の上に伏し、
自分を退け、悔い改めます」(42:5−6)。
この「塵と灰の上に伏し、悔い改めます」という伝統的な訳は、ヨブの悲しみ、懺悔を表現しています(イザヤ47:1、エステル4:1、ヨナ3:6)。中沢洽樹は、この訳は、この時のヨブを表現するには十分でない、と言います。「塵と灰」ではなく、「塵灰」と訳すべきであると。ちなみに、「塵灰」という訳は旧約には3回しか出て来ません。一つは、アブラハムがソドムのために神に執り成す場面です(創世記18:27)。「わたしは塵灰にすぎない」と言ってアブラハムは神に対面したのです。この「塵芥」が典型的な用法ですが、それは創造主なる神に対する人間の被造物性を意味すると同時に、「塵にすぎないお前は塵に返る」(創世記3:19)人間の堕落をも意味します。それを描いのがヨブ記に出てくる残る二つです。30:19の、「神がわたしを泥の中に投げ込んだので、わたしは塵灰のようになった」と、ここ42:6です。
自らの義を盾にして神に挑んだヨブは、嵐の中に顕現された神を見て、自分が「塵芥」であることを知るのです。それは神殿で聖なる神の顕現に触れて、「災いだ。わたしは滅ぼされる。わたしは汚れた唇の者」と叫んだイザヤの経験に通じます。また、律法の義については非の打ちどころがないと豪語したパウロが、復活のキリストに出会い、「わたしは、なんという惨めな人間なのだろう。だれが、この死の体から、わたしを救ってくれるだろうか」と言ったことにも通じます。ヨブ記の作者はヨブという伝説の義人の苦難を借りて、それを媒介にして、神の絶対性と人間の相対性、塵芥を描いたのです。聖なる神、生ける神を前にして人は初めて、自らの塵芥を知ると。
マルコが、正気を失い、墓から逃げ出した婦人たちで描いたのはこれではないでしょうか。ヨブが、イザヤが、パウロが、聖なる神の顕現に触れて、己を塵芥と知ったように、正気を失い、震え上がって墓から逃げ去った婦人たちでマルコは、陽の光のように輝くイエス、霊の体に甦られたイエス、イエスは生きていることを描いのではないでしょうか。
Ⅲ.正気を失う恐れ
この解釈が度外れていないことは、変貌の山から下りるときに語られたイエスの言葉、「人の子が死者の中から復活するまでは、今見たことを誰にも話してはいけない」から明らかです。この言葉の意味は、イエスの本質の奥義、すなわち十字架は、イエスが復活することで初めて理解されるということです。同じことをヨハネは、宮清めの段落で次のように語りました。「イエスは答えて言われた。『この神殿を壊してみよ。三日で建て直してみせる。』……イエスが言われた神殿とは、御自分の体のことだったのである。イエスが死者の中から復活されたとき、弟子たちは、イエスがこういわれたのを思い出し、聖書とイエスの語られた言葉とを信じた」(2:19−22)と。つまり、イエスは甦られた、イエスは生きていると信じられないかぎり、「キリストが、聖書に書いてあるとおりわたしたちの罪のため死んだ」ことは理解できないのです。
これとの関連で最後に注目したいのはフィリピ書3章5節以下です。パウロはここで、肉の誇りを高らかに歌い上げます。八日目に割礼を受けたこと、イスラエルの民に属し、ベニヤミン族の出身、ヘブライ人の中のヘブライ人、律法に関してはファリサイ派の一員、熱心さの点では教会の迫害者、律法の義については非の打ちどころのない者であったと(5−6)。このパウロの姿は、自分の義を頼りに、神に戦いを挑んだヨブのようです。そのヨブが嵐の中に顕現された神を見て自らを塵芥と告白したように、パウロもまた、復活のキリストに出会い、肉を誇り一切を「塵芥」とみなす大転換をしたのです(8)。
そしてパウロはこの段落を次のように結びます。「わたしは、キリストとその復活の力とを知り、その苦しみにあずかって、その死の姿にあやかりながら、何としても死者の中からの復活に達したいのです」(10−11)と。わたしは、パウロのこの言葉は、マルコが描いた正気を失った婦人たちと重なると考えます。
パウロは、死者の中からの復活に達するためには、キリストとその復活の力とを知り、その苦しみにあずかって、その死の姿にあやかる必要があると語ります。キリストの苦しみに与り、死の姿にあやかるとは、どのような経験なのか? ヨハネが伝える、イエスが宮清めで語った言葉が一つの鍵となります。イエスは言われます。「『この神殿を壊してみよ。三日で建て直してみせる。』……イエスが言われた神殿とは、御自分の体のことだったのである」(2:19、21)。
キリストの苦しみに与り、死の姿にあやかるとは、イエスが十字架で建てられる神殿のことなのです(エフェソ2:19−22)。エフェソ書の著者はそれを次のように語りました。「あなたがたは……聖なる民に属する者、神の家族であり、使徒や預言者という土台の上に建てられています。
そのかなめ石はキリスト・イエス御自身であり、キリストにおいて、この建物全体は組み合わされて成長し、主における聖なる神殿となります。キリストにおいて、あなたがたも共に建てられ、霊の働きによって神の住まいとなるのです!」(2:19−22)。
なんという恵み、なんという喜び! 「教会は……聖晩餐を守る集まり(ゲマインデ)という状況において、最も確信をもって現われ出るであろう」と語ったボンヘッファーの言葉が心に迫ります。私たちは主の晩餐で、「取れ、これはわたしの体である、取れ、これは、わたしの血である」と差し出される十字架で死んで、霊の体に甦られたキリストに出会うのです。誰が恐れずにいられるでしょうか。墓から逃げ去った婦人たちのように、震え上がり、正気を失わないでいられる者などひとりもいないのです。震え上がり、慄く手でキリストの体と血を受ける者は、「キリストとその復活の力とを知り、その苦しみにあずかって、その死の姿にあやかりながら、死者の中からの復活に達する」のです! ハレルヤ!