マルコ8:14-21、ヘブライ13:10-15、Ⅱサムエル24:1-9
讃美歌 165
そのとき、イエスは、「ファリサイ派の人々のパン種とヘロデのパン種によく気をつけなさい」と戒められた。(マルコ8:15)
Ⅰ.ファリサイ派のパン種
そのとき、イエスは、「ファリサイ派の人々のパン種とヘロデのパン種によく気をつけなさい」と戒められた。(マルコ8:15)。
これが、きょう、私たちに開かれた〈生ける神の言葉〉です。ルカにはこの記事はありません。マタイはこの記事を伝えていますが、「ヘロデのパン種」を「サドカイ派のパン種」に書き換えています。つまり「ファリサイ派のパン種」と「ヘロデのパン種」を並べたのは、マルコの信仰、神学なのです。マルコは、ファリサイ派のパン種とヘロデのパン種で、読者に何を伝えようとしたのでしょうか? 聖霊の照明を祈り求めつつ、御言葉に聞きたいと思います。
まず注目したいのは、「ファリサイ派のパン種」です。ファリサイ派は聖なる人々、真のイスラエル、祭司的神の民になるために律法に忠実に生きた人々です。その「ファリサイ派のパン種に気をつけなさい」とは、どういう意味か? イエスがご自分の使命について語られた言葉に、「わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである」(2:17)というのがあります。イエスは、神の愛が向けられるのは、侮辱され、滅びたとされている人たちであると言われたのです。イエスの呼びかけが罪人に妥当し、義人には向けられていないということは、一見するところあらゆる倫理の解体です。それはあたかも道徳的振舞いは神の眼には意味がないかのように見えたのです。イエスの時代の人々は、神との関係の基礎を人間の倫理的行動の上に置いていました。イエスはそうしなかったことで、まさに宗教の基底を揺るがしたのです。神は貧しい者や罪人とかかわりを持とうとしており、神は義人などより徴税人や罪人に一層近いとする宣教は激烈な抗議を特にファリサイ派の人々の間に呼び起こしたのです。
このファリサイ派のパン種は、今日、「社会福音派」の中に脈々と流れています。デイヴィッド・ボッシュは、社会福音派をカルト宗教と断じ(『宣教のパラダイム転換』)、社会福音派のロマンチックで進化論的神の国の考えは「……十字架、復活(最も大切な教え)などの全面的な否定」であったと語ります。社会福音派の神は、人間のすべての理想的属性を具現化したものとほとんど変わらない、愛と憐れみという存在であり、このような風潮の中で、人類の罪を贖うキリストは慈悲深い賢い教師イエスに、あるいは霊的天才となり、結果、「同情的イエスがカルバリーのキリストに取って代わってしまった」のです! 言い換えれば、社会福音派は、キリストの十字架は、人に道徳的な影響をもたらす全ての自己犠牲の中で最たるものであるとし、それ以上のものとして扱うこと、つまり人類の罪を贖う死とすることは、不必要な神学の一片に過ぎないとしたのです。そうすることでキリスト教の中心理念を失ったのです。十字架のキリストによる罪の贖いではなく、自らの義によって救いを得る! これが、イエスが警告した「ファリサイ派のパン種」の正体です。
Ⅱ.ヘロデのパン種
次に注目したいは、「ヘロデのパン種」です。ヘロデはガリラヤの領主で、兄弟の妻ヘロディアを娶ったことでヨハネから糾弾され、誕生祝いの席でヨハネの首をはねた人物です。イエスはその「ヘロデのパン種」を警戒するようにと言われたのです。「ヘロデのパン種」とは何か? それについて重要な示唆を与えているのが、荒れ野でサタンの試みを受けた記事です(マタイ4:1−11、ルカ4:1−13)。イエスは荒れ野でサタンから三つの誘惑、_石をパンに変える、世界中を見渡す高い山でサタンを拝む、神殿の塔の破風から飛び降りる_を受けます。
エレミアスはこの三つの誘惑はただ一つの同じ誘惑、〈政治的メシア〉としての登場が問題となっていると解説しました。業にも言葉にも力ある預言者イエスに、ローマからの解放者、政治的メシア、つまり苦しみからの解放者としての期待をかけると言うことです(ルカ24:19)。イエスはそのすべての誘惑を退け、十字架への道を歩まれたのです! イエスが十字架への道を行くとは、イエスは苦しみからの解放者ではないのです。「メシアはこういう苦しみをうけて、栄光に入るはずではないか」(ルカ24:26)と言われたように、イエスは苦痛を完成するメシアなのです。
苦しみからの解放者・政治的メシアと、苦痛を完成する終末論的人の子メシアのことを思い巡らしていたとき、キルケゴールの言葉に導かれました。キルケゴールは、「現代においてはすべてが政治である」と言って、政治的なものと宗教的なものの物の見方は、天と地ほども異なり、その出発点や最終目標も、天と地ほども異なると語りました。政治的なものは地にとどまるために地で始めるが、一方、宗教的なものはその端緒を上方からみちびきつつ、地上的なものを聖化して天にまで引き揚げようとするからである、と。同じことを別の視点から語ったのが教会史家レーヴェニヒです。
レーヴェニヒは、迫害を耐え抜いた教会がローマに承認されたことについて次のように語りました。_教会はこの世を征服したが、今度はこの世が教会を征服しようとした。戦いの教会から凱旋の教会が生まれたが、後者はこの地上にはけっしてあり得ないものなのである。権力と壮麗さとがはいってきた。だが、とりわけ教会は国家に対するまちがった依存的関係に落ち込んだ。_
「教会は国家に対するまちがった依存的関係に落ち込んだ」という言葉を読んで、第二次世界大戦下、30余派の教会が合同して「日本基督教団」が設立したことについて語られた大内三郎の言葉が思い起こされました。「昭和十六年の日本基督教団の成立もその内容は教会合同で、それは明治五年超教派主義で発足した日本のキリスト教会の悲願であったといえばいえないことも……ないが、私は決定的な要因は戦時体制への従属的協力ではないかと思う」と(『「東海教区」教会史要』)。
実は、旧約聖書は、特にサムエル記、列王記の著者は、ダビデが統一王国を築いて以来、聖書の民は国家に対するまちがった依存的関係に落ち込んだ歴史を描いています。それを最も激烈な形で取り上げたのがサムエル記下24章です。それはまことに印象的な言葉で導入されます。「主の怒りが再びイスラエルに対して燃え上がった。主は『イスラエルとユダの人口を数えよ』とダビデを誘われた。」語り手は、イスラエルに対して燃え上がった神の怒りのゆえに、神はダビデを「イスラエルとユダの人口を数える」よう誘惑したと語るのです。
ダビデは軍の司令官ヨアブに、「ダンからベエル・シェバに及ぶイスラエルの全部族の間を巡って民の数を調べよ」と命じます。するとヨアブは、「……主君、王はなぜ、このようなことを望まれるのですか」と問うたのです(3)。ダビデが行う人口調査は軍事上の目的、つまり一種の軍隊改革であり、このような召集義務のある者の徴集は、聖戦の本質に最も深く反するからです。つまりダビデは聖なる秩序を故意に傷つけるよう神に誘われたのです。それによって重い罪を背負ったのです、「愚かなことをした」のです。聖戦においてヤハウェはイスラエルを守護したのです。それが今は、王国の管理下に置かれたのです。それによって政治と宗教の関係に、もはや救いようのない衝突が生じたのです。
Ⅲ.十字架の祭壇
ヤハウェを神とするイスラエル十二部族宗教連合(アンフィクチオニー)が、ダビデという優れた政治的・軍事的指導によって一国家となったのです。それは土地取得とは全く異なり、神との関係に深い影響を与えました。イスラエルは王国時代の開始と共に族長たちの素朴な信仰との深い結びつきから離れ始めたのです。言い換えれば、王国と共に一つの精神的変化が、新しい政治意志という形で、新しい文化爆発という形で、そして新しい宗教的思考という形で、嵐のように始まり広がったのです。それを可能にしたのは、それに先立つ時代精神の衰弱があります。いわゆる祭儀の空洞化です。神からカリスマを与えられ、イスラエルを外敵から守った士師たちを描いた「士師記」は、次のように結ばれます。「そのころ、イスラエルに王がなく、それぞれ自分の目に正しいとするところを行っていた」(21:25)と。語り手が、「主の怒りが再びイスラエルに対して燃え上がった」で描いたのは、それ自体で空洞化してしまった無気力な祭儀慣習ではないのか。
なぜそう考えるかといえば、サムエル記下24章は神学者たちが「ヒエロス・ロゴス」と命名した章だからです。「ヒエロス・ロゴス」とは、かつてカナンのエブス人の町であったエルサレムが、いったいどのようにして「主の祭壇」になったのかの問いに答える物語です。「この物語の奇妙な始まりは、……その結末からのみとらえられる」と言った人がいます。ダビデが神に誘われて人口調査をすることで、聖なる秩序を傷つけ、重い罪を背負ったのは、エルサレムが神の祭壇として選ばれたことからのみ理解されるというのです。歴代誌の著者は、この偉大な神学的緊張に耐えることができず、「サタンがダビデを誘惑した」(上21:1)と書き換えました。
物語はこのあと次のように展開します。神は、聖なる秩序を傷つけたダビデに、三つの罰_七年間の飢饉か、三か月間の敵による蹂躙か、三日間の疫病か_のうち、どれか一つを選ぶように言われます。ダビデは三日間の疫病(ペスト)を選びます。フォン・ラートは、それは最も重い罰、神による直接の懲らしめであると解釈しました。「神から直接くる一撃を、人間から出る災いよりも優先させることなどいったいだれがしたであろうか」と。ダビデは「異常な選択」をしたのです。その選択の結果を語り手は、ダビデが人口調査を行った「ダンからベエル・シュバまでの民のうち七万人が死んだ」(15)と記します。そしてダビデはその凄惨な現実を目の当たりにして、「御覧ください。罪を犯したのはわたしです。わたしが悪かったのです。……どうか御手がわたしとわたしの父の家に下りますように」と祈ったのです(17)。
神がイスラエルの不信心に対して怒り、ダビデを誘惑したのです。そしてダビデは、自らが行った人口調査で神の聖なる秩序を傷つけた報いが民に及んだことで心底悔いたのです! 神に油を注がれたメシア・ダビデが塵芥として神の御前にひれ伏したのです。ここにはメシア王ダビデの尊厳は微塵もありません。わたしは塵芥として神の御前にひれ伏すダビデにこそ、「彼が過ちを犯すときは、人間の杖、人の子らの鞭をもって懲らしめるが、憐れみを取り去りはしない。あなたの家、あなたの王国は、とこしえに続き、あなたの王座はとこしえに堅く据えられる」(サムエル下7:14―16)という、あらゆるメシア待望の起点となったナタン預言の真髄があると考えます。ダビデは罪深い者として神の御前にひれ伏す異常な行動で、神の怒りの厚いカーテンを通して、神の心に直接自らを投げかけたのです。「不信心な者を義とされる方を信じた」(ロマ4:5)のです。
御使いがその手をエルサレムに伸ばし、滅ぼそうとしたとき、神は、「もう十分だ、その手を下ろせ」(16)と言われ、塵灰に伏すダビデに、エルサレムに「主のための祭壇」を築くよう言われたのです。こうして、かつてカナンのエブス人の町であったエルサレムが、「主の祭壇」となったのです! つまり、エルサレムが主の祭壇になるには、受膏者(ダビデ)の深い卑下が先行するのです。主の祭壇は、罪を悔いる魂の上に築かれるのです。新約聖書の著者たちは口を揃えて、イエスを「ダビデの子」と賛美します。私たちがダビデの子イエスに見るのは、陰府にまで低きに降る神の自己放棄です! 天を引き裂いて地に降る御子イエス・キリストの自己放棄、十字架に神ヤハウェの救済がある、というのが聖書宗教の真髄です! 神は、救うに値しない者を救うために、十字架のキリストという祭壇を築いてくださったのです。
ヘブライ人への手紙の著者はそれを次のように語りました。「わたしたちには一つの祭壇があります。……イエスもまた、御自分の血で民を聖なる者とするために、門の外で苦難に遭われた(十字架に上げられた)のです。」十字架のキリストという祭壇が、「現代においてはすべてが政治である」、この世の荒れ野の真っ只中に築かれたのです。十字架のキリストは、地上的なものを聖化して天にまで引き揚げるのです。
ヘブライ書の著者は、この祭壇にあずかる者を次のように形容しました。_わたしたちはこの地上に永続する都を持っておらず、来るべき都を探し求めている旅人であり、寄留者である_と。十字架のキリストという祭壇にひれ伏す旅人、寄留者であるとき、わたしたちは来るべき都を探し求める〈戦いの教会〉なのです! 私たちが戦いの教会であり続けるために、御子イエス・キリストは十字架で肉を裂き、血を流されたのです。