2026/7/19  聖霊降臨節第9主日(献堂記念日)  「信仰のない時代」

マルコによる福音書9章14−39節
ローマの信徒への手紙4章1−5節
出エジプト記34章29−35節
讃美歌 511

イエスが家の中に入られると、弟子たちはひそかに、「なぜ、私たちはあの霊を追い出せなかったのでしょうか」と尋ねた。イエスは、「この種のものは、祈りによらなければ決して追い出すことはできないのだ」と言われた。(マルコ9:28−29)

 

Ⅰ.希望の所在

きょう、イエスが現臨するこの礼拝で、皆さんと共に聞きたい御言葉は、マルコ福音書9章14節以下です。ここには霊に取り憑かれて水の中、火の中に倒れ、生死の境をさまよう子どもの癒しが語られています。この癒しの記事は「まるで霧に閉ざされているかのよう」です。霧に閉ざされているかのような、あからさまでない語り口に奥義の存在が示されているのです。

マルコがこのような記事で、どのようなイエスの奥義を描いたのでしょうか? それは、イエスの栄光と全能を表現する病気治しの奇跡でないことは明らかです。例えば20節に、「霊は、イエスを見ると、すぐにその子を引きつけさせた。その子は地面に倒れ、転び回って泡を吹いた」のですが、イエスはその子の手を憐れに思って癒すどころか、父親に、「このようになったのは、いつごろからか」と尋ねているのです。

実は、これとよく似た構成をもつ記事があります。ヨハネが伝える「ラザロの死」をめぐる記事(11章)です。ラザロが危篤である、との知らせを受けたイエスは、取るものも取り敢えず、駆けつけることなく、「この病気は死で終わるものではない」(4)と言って、なお二日間同じ場所に滞在されたのです(6)。その間にラザロは死んだのです。イエスがラザロの村ベタニアに着いた時、「ラザロは墓に葬られて既に四日もたって」いました。ラザロの姉妹マルタとマリアは、イエスの顔を見るなり、「もし、ここにいてくださいましたら、わたしの兄弟は死ななかったでしょう」と詰め寄ったのです(11:21、32)。この愛する者の死という、慰められることを拒む悲しみの中で、イエスはラザロを生き返らせたのです。カルヴァンは、ラザロが葬られた墓の前に立つイエスを、「人類最後の敵」死に戦いを挑む戦士であると解説しました。マルコは、霊に憑かれて生死の境をさまよう子どもを前にしたイエスに、何を見たのか。聖霊の照明を祈り求めつつ、御言葉に聞きたいと思います。

地面に倒れ、転げ回って泡を吹いている子供を見た群衆は、イエスと父親が話をしているところに走り寄って来ました。それを見たイエスは霊を叱りつけます。「ものも言わせず、耳も聞こえさせない霊、わたしの命令だ。この人から出て行け。二度とこの子の中に入るな。」「すると、霊は叫び声をあげ、ひどく引きつけさせて出て行った」のです。この癒しは悪霊追放の奇跡を主題としていないことは、カファルナウムの会堂で行われた悪霊追放の奇跡を見ると明らかです。人々は、汚れた霊が大声を上げて出ていくのを見て驚き、「これはいったいどういうことなのだ。権威ある新しい教えだ。この人が汚れた霊に命じると、その言うことを聴く」と論じ合ったのです。

しかしここは違うのです。霊が出て行くと、「その子は死んだようになったので、多くの者が、『死んでしまった』と言った」のです。人々は、手術が失敗し、患者は死んだと告げられた家族のように、失意のどん底に沈んだのです。その人々の真っ只中でイエスがその子の手を取って起こされると、彼は立ち上がったのです。この「イエスが彼を起こされると、彼は立ち上がった」という表現は、イエスの復活の場合とまったく同じです。マルコは、この癒しを題材にして、終わりの日に、私たちもイエスのように死から甦る希望を描いのではないか?

Ⅱ.聖なる神イエス

マルコはこの記事を次のように導入します。「一同が他の弟子たちのところに来てみると、彼らは大勢の群衆に取り囲まれて、律法学者たちと議論していた。群衆は皆、イエスを見つけて非常に驚き、駆け寄ってきて挨拶した。」この直前イエスは、ペトロ、ヤコブ、ヨハネの三人の弟子だけを連れて高い山に登られました。そこでイエスの姿が変わり、服はこの世にはありえない白、つまり天上の輝きを放ったのです(9:3。参16:5)。

この山上の変貌のあと、一同が山を降りて他の弟子たちのところに来ると、「群衆は皆、イエスを見つけて非常に驚き、駆け寄ってきて挨拶した」のです。イエスを見た群衆の反応「非常に驚いた」は、ギリシア語釈義事典によれば、聖なる神の臨在に触れた人間の根本的驚愕、当惑と全き震撼を表わします。マルコはその驚きで、イエスに聖なるものを見た群衆の驚きを描いのです。それは出エジプト記34章29節以下が下敷きになっていると言われます。そこには顔と顔とを合わせて神と語ったモーセの顔が光を放ったとあります。マルコはそれを範として、イエスを見た群衆は「非常に驚いた」と記すことで、山から降りてきたイエスの顔が、聖なる神の光を放っていたことを描いのです。しかもモーセが放つ光を見た人々は「恐れて近づけなかった」(34:30)のですが、イエスが放つ光を見た人々は「駆け寄ってきて挨拶した」(9:16)のです。イエスが放つ光は、人々を優しく包み込むのです。

この霧に閉ざされているかのような記事で目を引くのは、すでに見たように、イエスは、地面に倒れ、転び回り、口から泡を吹いて、歯軋りし、体をこわばらせている子どもを「憐れに思い」、癒したのではなく、「このようになったのは、いつごろからか」と父親に尋ねていることです。父親は、「幼い時からです。霊は息子を殺そうとして、もう何度も火の中や水の中に投げ込みました」と答えます(21−22)。実は、父親が子どもの様子をイエスに語るのはこれで二度目です。一度目は、弟子たちが霊を追い出すことに失敗したことと関連して語られます。「霊がこの子に取りつくと、所かまわず地面に引き倒すのです。すると、この子は口から泡を出し、歯ぎしりして体をこわばらせてしまいます。霊を追い出してくださるようにお弟子たちに申しましたが、できませんでした。」(17―18b)。

マタイもルカも、息子の症状については一度しか触れていません。マルコは二度繰り返すことで、病で苦しむ子を持つ親の痛み、不安、絶望を描いたのではないか。仏教用語で言えば、「生老病死、全て苦」という現実です。溺れる者藁をも掴む思いで、「霊を追い出してくださるようにお弟子たちに申しましたが、できませんでした。」マルコはこの容赦のない言葉で、弟子たちが悪霊追放に物の見事失敗したことを描いたのです。この父親の言葉を受けて発せられたイエスの言葉は、「サタン、引き下がれ」(8:33)とペトロを叱責した言葉に匹敵します。

_イエスはお答えになった。「なんと信仰のない時代なのかいつまでわたしはあなたがたと共にいられようか。いつまで、あなたがたに我慢しなければならないのか。」_

「堪忍袋の緒が切れる」という言葉があります。我慢が限界に達し、もうこれ以上持ち堪えられないという意味ですイエスは堪忍袋の緒が切れたと言わんばかりに、いつまであなたがたと共にいられようか、あなたがたに我慢しなければならないのか、と言われたのです。

Ⅲ.ゲッセマネの祈り

それにしてもだれが、このような言葉をイエスから聞くなどと想像しえたか。旧約聖書には、特に預言者には、このイエスの言葉と同じ響きをもつ言葉があります。例えばホセアは、「わが民は頑なにわたしに背いている。たとえ彼らが天に向かって叫んでも、助け起こされることは決してない」(11:7)と、神の堪忍袋の緒が切れたと語ります。かつて神はイスラエルの民がエジプトで奴隷として苦しんでいた時、その叫びを聞き、苦しむのを見て、降ってきて彼らを救い出したのです。その神が、「わが民は頑なにわたしに背いている。たとえ彼らが天に向かって叫んでも、助け起こされることは決してない」、堪忍袋の緒が切れたと語るのです。

しかし、これがホセアが語った最後の言葉ではありません。前8世紀の預言者における新しさは、審きの彼岸に救いがあると語ったことです。ホセアは神の堪忍袋の緒が切れたと語った後、
「ああ、エフライムよ、お前を見捨てることができようか。イスラエルよ、お前を引き渡すことができようか。……わたしは激しく心を動かされ、憐れみに胸を焼かれる」(11:8−9)と語ったのです。聖書の神は、イスラエルが罪を悔いて神に立ち帰るよう何度も呼びかけます。しかし、イスラエルは神に帰らなかったのです(アモス4:4−11)。結果、堪忍袋の緒が切れたのです。「わが民は頑なにわたしに背いている。たとえ彼らが天に向かって叫んでも、助け起こされることは決してない」と。こうして吐き出された烈火の如き神の怒りを、神は全て飲み込むというのです。「わたしは激しく心を動かされ、憐れみに胸を焼かれる」と。

この救うに値しない者に向けられた神の怒りを神が飲み込む描写の頂点に、イザヤ書53章の「主の僕」の歌があります。主の僕は、私たちの罪、咎、過ちのゆえに堪忍袋の緒が切れた神の怒りを、私たちの身代わりとなってすべて引き受けてくださる、という預言です。イザヤが預言したこの主の僕こそ、十字架に上げられたイエス・キリストである、というのが聖書宗教の真髄です! イエスは人類の罪の贖う犠牲の小羊として十字架に上げられるのです!

そのイエスが、「いつまであなたがたと共にいられようか、いつまであなたがたに我慢しなければならないのか」と言われたのです。いったい、マルコは、「いつまで」というイエスの嘆きに何を聞いたのか? それを知る手がかりは、群衆から離れた後、家の中で行われたイエスと弟子たちとの対話にあります。弟子たちが「なぜ、わたしたちはあの霊を追い出せなかったのでしょうか」と尋ねると、イエスは、「この種のものは、祈りによらなければ決して追い出すことはできない」と言われます。

「この種のものは、祈りによらなければ決して追い出すことはできない!」イエスはこのような言葉で何を言われたのか? イエスは、これと思う弟子たちの中から十二人を選び、「悪霊を追い出す権能を授けた」(3:15)のです。なのに、「この種のものは、祈りによらなければ決して追い出すことはできない!」と言われるのです。弟子たちに授けられた権能にまさる「祈り」とは何か? 考え得るのはただ一つ、〈ゲッセマネの祈り〉です。マルコはそれを次のように描きました。

_イエスはひどく恐れてもだえ始め、……「わたしは死ぬばかりに悲しい」と言って、少し進んで行って地面にひれ伏し、できることなら、この苦しみの時が自分から過ぎ去るようにと祈られた_と。

ヘブライ書の記者は、このイエスの苦しみは、われわれの苦しみを苦しまれたのだ、と解釈しました(5:7−8)。私たちの苦しみを苦しまれたイエスは、「もしできれば」と願い出た父親のように、「もしできるなら、この杯をわたしからとりのけてください」と祈ったのです。つまりマルコはこのゲッセマネの祈りで、人間の苦しみの全てを身に負う〈主の僕〉イエスを描いのです。言い換えれば、ゲッセマネの祈りは、「なんと信仰のない時代なのか。いつまでわたしはあなたがたと共にいられようか。いつまで、あなたがたに我慢しなければならないのか」と対をなすのです。イエスは堪忍袋の緒が切れて溢れ出た怒りを、すべてご自分に引き受けてくださるのです。パウロはそれを「不信心な者を義とする」(ロマ4:5)ためであると語りました。

イエスは私たちの罪、咎、過ち、すなわち不信仰のすべてを身に負い、悶え苦しみ、地面にひれ伏し、転げ回るようにして祈られたのです。私たちはそのイエスの壮絶な祈りの中で、「その子をわたしのところに連れて来なさい」というイエスの声を聴くのです。その子、とは、生老病死、全て苦である〈わたしたち〉のことです。ここまでこの箇所を読んで来てその思います。主はわたしを招いておられると! 私たちはこのイエスの招きを主の晩餐で聞くのです。「取れ、これはわたしのからである。取れ、これはわたしの血である」と。十字架のキリストを目の前に描き出す主の晩餐は、「ゲッセマネの祈り」の結実です! 主の晩餐という、言語を絶した神の壮絶な痛みが結ぶ実は、つまりキリストの肉を食べ、血を飲む者は、神と語り合ったモーセの顔が光を放ったように、光を放つのです。十字架のキリストという神の愛を生きる聖餐共同体は、「この世で……イエスのようである」のです!(Ⅰヨハネ4:17)。イエスが放つ光は十字架の光であるがゆえに、すべての罪人を優しく包み込むのです!
(次週の予定 「底辺を生きる人」 マルコによる福音書9章30−41節)

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