2026/9/6 聖霊降臨節第16主日 「死を待つ人」

マルコ福音書12:35-44、ロマ書8:18-24a、列王記上17:8-12
讃美歌 502

イエスは、弟子たちを呼び寄せて言われた。「はっきり言っておく。この貧しいやもめは、賽銭箱に入れている人の中で、だれよりもたくさん入れた。……この人は、乏しい中から自分の持っている物をすべて、生活費を全部入れたからである。」(マルコ12:43−44)

Ⅰ.イエスはダビデの子?

きょう、皆さんと共に裁きの座(十字架のキリスト)を見上げ、心を高く上げて聞きたい御言葉はマルコ福音書12章35節以下です。ここには律法学者たちがメシアはダビデの子であると言っていることと、律法学者に対する非難、そしてやもめの献金の記事がまとめられています。ルカはこの三つの記事をマルコに従って記していますが、マタイは、ダビデの子に関する記事と律法学者を非難をする記事を全く別の文脈に置き、やもめの献金に関する記事は伝えていません。つまりこの三つの記事をこのように配置したのはマルコです。聖霊の照明を祈り求めつつ、マルコが見ていた景色を私たちも見たいと思います。

ところでマルコは、ダビデの子に関する記事の前に「最も大切な掟」を巡る律法学者とイエスの対話を置き、しかもそれを、「もはや、あえて質問する者はなかった」(12:34)と結びました。もはや、あえて質問する者はいないという状況下で、イエスが質問されたのです。「なぜ律法学者たちは、『メシアはダビデの子だ』と言うのか」と。しかもイエスは詩編110編1節を引用し、自らの問いに自ら答えたのです。「ダビデ自身がメシアを主と呼んでいるのに、どうしてメシアがダビデの子なのか」と。改めていうまでもなく、メシアはダビデの子ではない!とは、イエスによる自己証言です。イエスはご自分のことを、ユダヤ人たちが待望する「ダビデの子ではない」と言われたのです。

イエスが生きていた時代、人々はメシアを「ダビデの子」と信じていました。それを象徴的に描いたのがマタイです。マタイは自らの福音書を、「アブラハムの子ダビデの子、イエス・キリストの系図」(1:1)という言葉で書き出し、それ以後も、二人の盲人(9:34、20:30、31)が、ベルゼブル論争(12:23)で、娘の癒しを求めるカナンの女(15:22)が、そしてロバの子に乗ってエルサレムに入城された時、イエスに従う者たちや子どもたち(21:9、15)が、イエスを「ダビデの子」と呼んでいるのです。

ルカもイエスの幼児期物語で、特にマリアへの受胎告知とマリアの賛歌でイエスをダビデの子と紹介しています。「神である主は、彼にダビデの王座をくださる。彼は永遠にヤコブの家を治め、その支配は終わることはない」(1:32−33)と。このマリアに語られた天使ガブリエルの言葉は、「ナタン預言」(サムエル下7章)から取られたものです。ナタン預言とは、神がダビデに永遠の王座、統治を約束したものです。「あなたの王国は、あなたの行く手にとこしえに続き、あなたの王座はとこしえに堅く据えられる!」(Ⅱサムエル7:16)。このナタン預言は、王国が分裂し、滅亡するという危機的な状況にあって次々と新たに解釈されて、現実的な意味を持たされてきたのです。

ルカはイエスの幼児期物語でナタン預言が成就したことを描いたのです。イエスをダビデの子として描いたルカの意図が何であるかは、イエスが郷里ナザレの会堂で行った最初の福音宣教に端的に描かれます。イエスは係の者からイザヤの巻物を手渡されると、「主の霊がわたしの上におられる。貧しい人に福音を告げ知らせるために、主が油を注がれたからである。主がわたしを遣わされたのは、捕らわれている人に解放を、目の見えない人に視力の回復を告げ、圧迫されている人を自由にし、主の恵みの年を告げるためである」まで読むと、そこで朗読を打ち切り、巻物を係の者に渡し、「この聖書の言葉は、今日、あなたがたが耳にしたとき、実現した」と言われたのです。

Ⅱ.神認識と自己認識

「この聖書の言葉は、今日、あなたがたが耳にしたとき、実現した!」これを聞いた会衆は最初イエスに好意的な視線を向けます。しかしそれはすぐに疑いの眼差しに変わります。イザヤ書には、「主の恵みの年を告げ知らせる」という言葉に続けて、「わたしたちの神が(異邦人に)報復される」という言葉が続いているのです。預言者は、「主の恵みの年」とは「神が報復される」ことであると語ったのです。しかしイエスは「神が報復される」という言葉の直前で朗読を打ち切ったのです。「もはや復讐はない!」としたのです。
ある聖書学者は、「受胎告知とマリアの讃歌には、政治的また軍事的な響きがある」と言います。それは当時のユダヤ人のメシア待望を忠実に描いている、と。一世紀のパレスチナは「煮え立っている釜」でした(フォード)。特にガリラヤは革命家と黙示的思想家に溢れ、ナザレも例外ではなかったのです。そうした風潮にあってルカは、郷里ナザレの会堂での最初の福音宣教でイエスに、「もはや復讐はない」と宣言させたのです。イエスは政治的メシアでないとしたら、今日、「貧しい人に福音が、捕らわれている人に解放が、目の見えない人に視力が、圧迫されている人に自由が」実現したとは、どういうことか? 苦しみの中にいる人々にとって「主の恵みの年」とは、どういう意味か? 「主の恵みの年」に何が起こるというのか?

マルコはこの問いに対する答えを「やもめの献金」の記事に見たのです。ところでマルコは、「ダビデの子」に関する記事と、「やもめの献金」の記事の間に、「律法学者への非難」の言葉を置いています。なぜマルコは、律法学者を非難する言葉をここに置いたのか? それはマタイが伝える律法学者への非難の記事から推測されます。マタイは丸々一章を費やして(23章、並行ルカ11:37−52)、律法学者への非難を取り上げます。「律法学者たちやファリサイ派の人々、あなたがた偽善者は不幸だ」と繰り返し語り、あらゆる角度から、火で精錬しても清めることのできない彼らの錆を取り上げます。興味深いの、マタイ(およびルカの並行記事)が取り上げた多種多様な批判の中に、「やもめの家を食い物にする」という表現がないことです。

この言葉との関連で注目したい記事があります。それは申命記16章が伝える三大祝祭(過越祭、七週祭、仮庵祭)の掟です。その中に、次のような一節があります。「あなたの神、主がその名を置くために選ばれた場所で、息子、娘、男女の奴隷、町にいるレビ人、また、あなたのもとにいる寄留者、孤児、寡婦などと共に喜び祝いなさい」(16:11、14)。その理由を申命記は次のように語ります。「あなたがエジプトで奴隷であったことを思い起こし、これらの掟を忠実に守りなさい」(16:12)と。

イエスは律法学者を「やもめの家を食い物にしている」と非難することで、あなたがたは自分が何者であるかを忘れている、つまり、あなたがたを慈しみ、恵みを与えられた神を忘れているとしたのです。神を知ることと自分自身を知ることとは密接に関連しているのです。人は、神を知ることなく、自分が何者であるかを知ることはないのです。信仰の父アブラハムや(創世記18:27)、嵐の中に顕現された神を見たヨブがそうであるように(30:19、42:6)、人は生ける神を知るとき、自分が「塵芥」であることを、すなわち「死すべき者」であることを知るのです。

それを端的に描いのが、やもめの献金をめぐる伝承です。「イエスは賽銭箱の向かいに座って、群衆がそれに金を入れる様子を見ておられた。大勢の金持ちがたくさん入れていた。ところが、一人の貧しいやもめが来て、レプトン銅貨二枚、すなわち一クァドランス(1デナリオンは一日の労働賃金、それを1万円とすれば、約156円) を入れた。イエスは、弟子たちを呼び寄せて言われた。「はっきり言っておく。この貧しいやもめは、……だれよりもたくさん入れた。……この人は、乏しい中から自分の持っている物をすべて、生活費を全部入れたからである。」

Ⅲ.死を待つ人

寡婦は、乏しい中から自分の持っている物をすべて、生活費を全部入れてしまって、この後どのするのだろうか? そのことを黙想していた時、列王記上17章のエリヤ物語に導かれました。それはルカが、ナザレの会堂で行われたイエスの最初の福音宣教で、〈もはや復讐はない〉を立証するために取り上げた、サレプタのやもめの物語です。

「数年の間、露も降りず、雨も降らない」(17:1)という旱魃の中、神はエリヤをシドンのサレプタに住む寡婦のもとに遣わされます。町の入り口に来るとエリヤは、薪を拾っている一人の寡婦に出会います。エリヤは寡婦に声をかけます。「器に少々水を持って来て、わたしに飲ませてください」と。彼女が水を取りに行こうとすると、さらにエリヤは声をかけます。「パンも一切れ、手に持って来てください」と。すると彼女は答えます。「あなたの神、主は生きておられます。わたしには焼いたパンなどありません。ただ、壺の中に一握りの小麦粉と、瓶の中にわずかな油があるだけです。わたしは二本の薪を拾って帰り、わたしとわたしの息子の食べ物を作るところです。わたしたちは、それを食べてしまえば、あとは死ぬのを待つばかりです!」

新共同訳で1500頁を超える人間の罪一色に塗りつぶされた旧約聖書の中で、エリヤとサレプタの寡婦の物語は、最も美しい物語の一つです。このサレプタの寡婦とレプトン銅貨二枚を献げた寡婦が重なるのです。イエスはレプトン銅貨二枚を献げた寡婦についてこう言われます。「この人は、乏しい中から自分の持っている物をすべて、生活費を全部入れた!」生活費全部を献げたこの人を待っているのは、サレプタの寡婦同様、「あとは死を待つばかり」ではないのか。

サレプタの寡婦は、「あとは死を待つばかり」というこの言葉でいかなる現実を言い表したのか? どこにも逃れるすべのない暗闇、絶望か。わたしは違うと思います。それは絶望の言葉ではなく、〈絶望の中の希望〉の言葉であると。なぜなら、寡婦はこの言葉を語る前、「あなたの神、主は生きておられる!」と語っているからです。「あとは死を待つばかり」という言葉は、神も仏もない地獄のようなこの世の現実を嘆いた言葉ではないのです。「あなたの神、主は生きておられる」という言葉の後に語られることで、神も仏もない地獄とは全く違う調べを奏でるのです。「あとは死を待つばかり」は、「あなたの神、主は生きておられる」という神認識から語られることで、アブラハムやヨブのように自らの塵芥を、すなわち死すべき者であることを言い表した言葉なのです。

結びに、人は生ける神を知ることで、己の塵芥を知る幸いを語ったパウロの言葉を聞いて終わりたいと思います。「現在の苦しみは、将来わたしたちに現されはずの栄光に比べると、取るに足りないとわたしは思います。……(なぜなら)“霊”の初穂をいただいているわたしたちは、神の子とされること、つまり、体の贖われることを、心の中で呻きながら待ち望んでいます。わたしたちは、このような希望によって救われているのです!」(ロマ8:18、23−24)。この希望は失望に終わることはありません。なぜなら、この希望は神の御子イエス・キリストの十字架の上に築かれているからです。

十字架のキリストという絶望は、「メシアはこういう苦しみを受けて、栄光に入る」という(ルカ24:26)、永遠の生命の希望なのです! マルコは、レプトン銅貨2枚を献げた寡婦に目を留めるイエスに、「死を待つばかり」の人間に、永遠の生命を付与するメシア・イエスを見たのです。貧しい人に福音を、捕らわれている人に解放を、目の見えない人に視力を、圧迫されている人に自由を与える「主の恵みの年」とは、神の御子イエス・キリストが十字架に上げられることの言い換えです! 十字架に上げられたイエス・キリストは主の晩餐で、今日、私たちの目の前に現在するのです。主の晩餐に現在するイエスは、「死を待つばかり」の私たちに、永遠の生命を付与するのです。シモーヌ・ヴェイユの言葉が心に迫ります。「復活節のよろこびは、苦痛のあとにくるよろこびではない。束縛のあとの自由、飢えのあとの満腹、別れのあとの出会いではない。それは、苦痛をはるか下にして舞うよろこびであり、苦痛を完成するものである。」

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